大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)721号 判決 1969年9月29日
主文
一、原判決を取り消す。
二、別紙目録記載の土地建物が控訴人の所有であることを確認する。
三、被控訴人らの本訴請求を棄却する。
四、訴訟費用は、本訴ならびに反訴を通じ、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴人らにおいて当審における被控訴人片田〓〓子本人尋問の結果を援用し、控訴人において当審における控訴人本人尋問の結果を援用したほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
(一) 別紙目録記載の土地建物(以下、本件土地建物という。)は、訴外奥田最〓の所有であつたところ、同訴外人は大正一〇年八月八日死亡し、控訴人がその家督相続によつて、右土地建物の所有権を承継取得したこと、控訴人の弟である訴外奥田〓次が昭和一二年四月一三日分家したことは当事者間に争いがない。
(二) 被控訴人らは、本件土地建物は訴外奥田〓次が右の分家にあたり控訴人から贈与を受けてその所有権を取得したと主張するところ、原審証人牧カツ、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人片田〓〓子本人はいずれも右の主張に沿う趣旨の供述をしているけれども、その証言供述の根拠は、被控訴人片田が、昭和一七年二月、訴外奥田〓次と結婚する際に、右〓次の母奥田波留から、〓次が分家するにあたつて本件土地建物の贈与を受けた旨を聞いたこと、ならびに、結婚と同時に当時〓次が居住していた本件建物の南半分の部分を夫婦の住居として使用し、かつその頃から右建物の南半分および本件土地の賃料を〓次方において受け取つていたことなどの点にとどまるので、かかる証言等をもつてはいまだ被控訴人ら主張の贈与の事実を確証するに足らず、かえつて、成立に争いのない甲第三号証、乙第一、二号証、原審証人武永広吉の証言により成立を認める乙第三号証、原審証人武永広吉、同冨田耕助、冨田修作、同奥田千代子(第一、二回)、同角とせの各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果をあわせ考えると次の事実を認めることができる。
(イ) 訴外奥田〓次は、大学卒業後、定職もなく、米国に渡航して彼地で働きたいとの希望を持つていたが、昭和一二年四月分家をするに際し、特に本人の希望もあつて控訴人から分家料として京都電灯の株式約二〇〇株のほか京阪電車第三十四銀行等の株式及び金三万円の贈与を受けたこと。
(ロ) 〓次は分家後、控訴人所有の家作の一つである京都市左京区田中飛鳥井町三三番の一所在の家屋に単身居住し、分家の本籍も右の場所に定めたこと。
(ハ) 〓次の分家当時、本件建物のうち南半分には早瀬某が、北半分には武永広吉が、本件土地のうち南側の土地五五坪については富田芳之助が、同四一坪の土地については冨田喜三郎がそれぞれ賃借使用していたが、その賃料は右分家後も控訴人が昭和一二年四月に応召出征するまでの間、控訴人においてこれを受け取つていたこと。
(ニ) 控訴人は前記応召に際し、本件土地建物を含む自己の所有不動産の管理を〓次に委任し、〓次は右委任事務の処理として昭和一九年七月頃からその賃料を受取つていたこと。
(ホ) 本件建物の南半分を賃借していた早瀬某がその後右家屋から退去したので、昭和一七年初頃控訴人の不在中に〓次は同所に移転居住するに至つたが、右は当時被控訴人片田との結婚話が持ち上つており、同所において世帯を営むのが適当であつたのと、上叙財産管理のための便宜もあり、もつぱら〓次の母波留の意向に基づいて行われたものであること。
以上の事実が認められるのであつて、右の事実からすると、〓次は分家にあたつて本件土地建物の贈与を受けたものではなく、たまたま被控訴人片田との結婚等のために母の意見によつて控訴人の不在中その管理を委された本件建物南半分に入居し、かつ、控訴人から委任された事務の処理として本件土地建物等の賃料を受領していたにすぎないものというべきである。もつとも前記控訴人ならびに被控訴人片田〓〓子各本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和二〇年九月復員帰郷したが、本件土地建物の賃料はその後も〓次において取り立て、〓次の死亡後も昭和三八年頃まで被控訴人片田においてこれを受領していたことが認められるが、右は控訴人の不在中における賃料の未収部分の解決のため〓次の申出によつて引きつづきその管理を同人に委せていたものと、〓次死亡後の遺族の生活を援助する意味で右の賃料を事実上〓〓子に取得せしめていたものにほかならないことが控訴人の供述によつて推知されるので、かかる事実によつてはいまだ前段認定を覆えすには足りない。
したがつて、訴外奥田〓次が昭和一二年四月一三日分家にあたり本件土地建物の贈与を受けてその所有権を取得したとの被控訴人らの主張は理由がない。
(三) 次に、被控訴人らの取得時効の主張について判断する。
(1) 被控訴人らは、まず、訴外奥田〓次において昭和一二年四月控訴人から本件土地建物の引渡をうけ、爾来所有の意思をもつて善意無過失平穏公然に右不動産の占有を継続してきたから一〇年を経た昭和二二年四月に時効によつて本件土地建物の所有権を取得したと主張するが、〓次が本件建物の南半分に入居したのは昭和一七年であり、しかも右の入居による占有ならびに本件土地建物の賃料を〓次が受取つていた事情は前段認定のとおりであつて、かかる事実関係からすれば〓次がその生前において本件土地建物を所有の意思をもつて占有していたものとは到底認められないので、被控訴人らの右一〇年の取得時効の主張は採用できない。
(2) 次に被控訴人らは、右奥田〓次の死亡後被控訴人らにおいて所有の意思をもつて善意無過失平穏公然に右土地建物を占有してきたから、〓次の死亡した昭和二四年六月一五日から満一〇年の経過によつて被控訴人らがその所有権を時効取得したと主張するが、被控訴人らが前記〓次の死亡により本件土地建物に対する〓次の占有を承継したとしても、右占有の承継は相続によるものであるから、〓次の占有が所有の意思に基づかないものであること前段認定のとおりである以上、被控訴人らの占有もその性質においてかわるところがないものというべく、被控訴人らにおいて右の相続後控訴人に対して自分等に所有の意思あることを表示したり、また右相続とは別個の新権原により所有の意思をもつて占有をはじめたことについては何らの主張立証がない。のみならず、成立に争いない甲第五号証と前記控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人〓〓子が片田三男と再婚後控訴人からの要求により、〓〓子は本件建物の一部たる前記居住家屋の賃料として昭和三二年以降昭和三七年まで一ヶ年一万五〇〇〇円ないし二万円を支払つている事実が認められるのであつて、以上の諸点からすれば、被控訴人らが〓次の死亡後本件土地建物を占有するにつき所有の意思を有していたものとは認められないから、被控訴人らの右取得時効の主張もまた採用できない。
(3) さらに被控訴人らは、本件土地建物に対する〓次の占有とこれを承継した自己の占有とを併わせた二〇年の取得時効を主張するけれども、右の〓次の占有も被控訴人らの占有もいずれも所有の意思に基づくものと認められない本件において、右取得時効の主張の理由なきことは言をまたないところである。
(四) 以上認定のとおり、本件土地建物は現に控訴人の所有に属するものであるから、これが自己の所有であると主張して控訴人に対しその所有権移転登記手続を求める被控訴人らの本訴請求は理由がなく、被控訴人らに対しこれが所有権の確認を求める控訴人の反訴請求は理由がある。
よつて、原判決を取り消し被控訴人ら本訴請求を棄却し、控訴人の反訴請求を認容すべく、訴訟費用は第一、二審を通じ全部敗訴の当事者である被控訴人らに負担させることとして、主文のように判決する。
目録
京都市左京区田中野神町二番地の一
一、宅地 四四〇坪六合一勺(一、四五六、五六平方メートル)
の内、四八一、〇九平方メートル(一四五坪五合三勺)
但し、添付図面記載斜線部分
右土地上
家屋番号同町二番一
一、木造瓦葺二階建居宅
床面積 一階 二七坪二合(八九、九一平方メートル)
二階 二一坪四合(七〇、七四平方メートル)
別紙実測図は一審実測図と同様につき省略